関東では葉桜になり、空の雲がだんだんと夏の雲へと近づいてきましたね。
昨日、ある記事を見つけたので紹介します。
震災時の「お・か・え・り・な・さ・い」
お→押さない
か→駆けない
え→笑顔を忘れない
り→理性を捨てない
な→泣いてストレス発散
い→さよならは言わない、生き延びる。
これは、実際に被災された方がコメントしたものだそうです。
みなさんの「おかえりなさい」にはどんな意味がありますか?
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4月は仏教「花祭り」の他にもキリスト教「イースター」の行事があります。
キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、キリストは、死後三日目によみがえったといわれ、これを祝うキリスト教徒の祝日がイースター・復活祭です。
この日キリスト教の信者たちは、イースターエッグと呼ばれる綺麗に彩色したゆで卵を贈りあったりします。
これは、卵が命の源と考えることと、春の訪れを告げるというところから出た習慣です。
復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日です。
2011年の復活祭は西方教会も東方教会も同日であり4月24日であるが、年によっては東西教会で復活祭を祝う日は異なる事もあります。
イースターを祝う地域では、会社・学校がお休みになります。
地域によって独自のパレードがありますので、ぜひ一度ご覧になってみるのもいいですね。
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4月16日は、「ボーイズビーアンビシャスデー」になっているのをご存知の方はいらっしゃいますか?
これは、1877年のこの日、札幌農学校(現 北海道大学農学部)教頭のウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark)が、 「Boys, be ambitious」の言葉を残して北海道を去ったことに由来しています。
ウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark)日本ではクラーク博士として有名ですね。
専門の植物学だけでなく、自然科学一般を英語で教えていました。
日本を去った後も日本をこよなく愛し、日本人の教え子達と手紙のやり取りをつづけていたそうです。
Boys, be ambitious(少年よ大志をいだけ)という言葉には若者達には限りない未来があるということを語っています。
今、この複雑な社会の中で、若者達はどのようにこの言葉をとらえるのでしょうか?
大きな夢と希望を持ち、忍耐強く生きていってほしいです。
限りある未来に向かって一歩づつ一歩づつゆっくりと歩み続けてください。
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桜が満開になり、しだれ桜も都内では満開になってまいりましたね。
震災から一ヶ月がたちました。
歴史に残るような震災に遭遇し、色々な想いの中で生活をしてまいりました。
ふと道を歩いていて、青空に向かって大きく花を開き生き生きとした桜を見たときに思わず心にあたたかい春風が舞い込んできたような気がいたしました。
桜の生命の力強さと自然の強さを実感しました。
自然は時に恐ろしく厳しいものですが、それとは反対に優しくあたたかくもあるのですね。
人間が生きている、また生かされているということを自然から教わった気がいたしました。
あなたの心にも桜が咲きますように・・・・・・・・。
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4月になると気候もあたたかくなり、様々な事の始まりの季節でもありますよね。
二十四節気では、清明といいます。
清明(せいめい)とは、二十四節気の一つで春分から15日目頃のことをさします。(2011年4月5日)
万物が清らかで生き生きする時期という意味があります。
この日、沖縄地方では「清明祭」(しいみい)という墓参の行事があり、一家揃って祖先の墓参りをし、お墓に酒食を供え、墓の前でお下がりを食べます。士族の間で中国伝来の行事として始まったとされ、祖先の霊に感謝の気持ちを表します。
この時期は、木々の息吹を感じ、空の雲の形も冬から春の雲へと変化しているのが見てとれます。
なんとなく穏やかな気持ちになれるのも季節の変化によるものかもしれませんね。
あなたはどんな春を感じていますか?
どうぞ穏やかな春の風があなたに届きますように・・・・・・。
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東京ではソメイヨシノの桜が開花いたしました。
樹木の息吹きが感じられる季節になりました。
3月は各地で卒業式が行われています。
今年は地震の影響で卒業式が行えないところも多数あったときいています。
しかし被災地でも、卒業式が行われていたところもありました。
卒業生たちは、泥だらけになってしまった卒業証書を手渡され、涙していました。
とても感慨深いものがあったことでしょう。
卒業というと、日本では業をおえることを意味しますが、米国では「コメンスメント・エクササイズ」(commencement exercises)という。直訳すると「実習の始まり」。それまでは準備で、これから実社会での新しい生活の中で本番の学習が始まる。生涯学び続けるという意味があるそうです。
被災地で卒業された方、被災地以外で卒業された方、様々な状況の中で新たな一歩を踏み出したのです。
人生は命尽きるまですべての出来事が学びです。
そして、常にあらゆることを学ぶという意欲が必要です。
何事も遅すぎるといったことはありません。
人間の年齢と魂の年齢は違います。人間の年齢が90才だからといって魂までも90才とは限りません。
常に向上するという気持ちをもち、学び続けてください。
それは、あなたの魂に蓄積され、自身の糧となるはずです。
この春卒業されたすべての方々に素晴らしい学びがあることを祈ります。
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日本では、大規模な地震発生により、多くの尊い命が一瞬にして消えてしまいました。
メディアからの映像を見ていて、心を痛めている方が多数いらっしゃるかと思います。
地震発生から2週間たち、被災者の方の笑顔も少しずつ見られるようになってまいりました。
未だ被災地にて辛い思いや、生死の境をさまよっているかたも多数いらっしゃいます。
お母さんを亡くされた幼い子どもが、最後のお別れの時に、「僕が大きくなったら必ず町を復興してあげるからね」と言っていました。
また、避難所でご老人が肩を落とし「これからどうやって生きていけばいいんだ」と嘆いていると、たまたま隣にいた若い男の子が「大丈夫。必ず僕達が復興させます」と力強く言っていました。
そんな姿を見ると、人間の偉大さに感動いたします。
そんな子供たちのためにも、私たち大人は尊敬される生き方をしていかなければいけないと思います。
被災されていない人は、笑顔を絶やさないこと。これが大切です。笑顔にはとても強いパワーがあります。
そのパワーは、気力を失った人々に勇気を与えます。
その勇気が生きる希望になるのです。
震災直後、私は空に無数の魂の光を見ました。
その無数の魂の光を見て、もっともっと綺麗なオーラに包まれる日本にしなくては・・・・と思いました。
人間の勇気、力は偉大です。
命あるかぎり、精一杯生きていきましょう。
日本国内のみならず、世界の国が綺麗なオーラで包まれますようにお祈りいたします。